毎日新聞 2008年8月28日 東京夕刊 五輪後の中国、専門家はどうみる
毎日新聞 2008年8月28日 東京夕刊
特集ワイド:「大国」?資格試験は70点 五輪後の中国、専門家はどうみる
◇「調和への転換 まだ不安残る」--天児慧さん(早稲田大大学院アジア太平洋研究科長)
◇「景気下向きだが 大きな減速ない」--細川美穂子さん(みずほ総合研究所アジア調査部研究員)
「中国、加油(ジャーヨー)(頑張れ)」--。13億中国国民の熱い声援に圧倒された北京五輪が終わった。大国ぶりを世界にアピールした中国は今後、どこへ向かうのか? 中国事情に詳しい早稲田大大学院アジア太平洋研究科長で教授の天児慧さんと、みずほ総合研究所アジア調査部研究員の細川美穂子さんに語ってもらった。司会は金子秀敏専門編集委員。【まとめ・大槻英二】
--まずは五輪の感想を。
天児 開会式を見て思い出したのは、2002年の第16回中国共産党大会で掲げられた「中華民族の偉大なる復興」というスローガンです。まさに今回の五輪で、それを表現したかったのだなと感じました。世界に向けての発信であると同時に、中国はすごい国であり、それは共産党のもとに実現しているということを改めて国民に訴えたかったのだと思います。裏返せば、いかに中国が近代史の中で屈辱を感じてきたか、国民の間に共産党に対する不満や批判が渦巻いているか、ということの表れでしょう。
細川 今年4月まで3年間、北京で暮らしていました。一緒に働いていた人たちに現地の様子を聞いてみると、皆さん「五輪の会場内では盛り上がっているけれど、市民の生活や仕事にはあまり影響ありません」と話し、意外と冷静でした。香港でも盛り上がっていなかったようで、(北京五輪の責任者)習近平国家副主席が開幕直前、視察に行った時には「もっと盛り上げるように」と発破を掛けたという報道があったほどです。
--開会式では愛国歌を歌った少女が「口パク」だったことや、巨人の足形を表現した花火がコンピューターグラフィックス(CG)による合成映像と判明し、「やり過ぎ」との批判も出ました。
細川 口パクの件を北京の20代女性に聞くと、「あの少女は受け答えのしっかりした子で、あの子が表に出てよかった」「裏で別の子が歌っていたことが悪いという印象はない」とのこと。その辺の感覚は温度差があると思います。
天児 中国では儀式やお祭りは、作りごとでも、完ぺきにやる、それがいいんだという考え方がありますね。
--反日ブーイングが心配されましたが、中国当局が抑え込んだのでしょうか。
細川 現地の人によると、マラソンの沿道などは動員された人ばかりで、一般の人は応援に行けなかったという話を聞きました。
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--開催前から騒ぎが続きました。3月にチベット暴動があり、聖火リレーを巡る攻防が世界一周する中、四川大地震が発生。今回の五輪は、大国の仲間入りを図る中国に対する資格試験という側面もあったと思いますが、中国はクリアできたのでしょうか。
天児 中国国内外での問題や矛盾が外部世界にも見えるような形で噴出し、それに中国当局がどう対応するかも、世界が見ていました。その点で言えば、例えば、チベット暴動に対して、徹底的に弾圧するという選択がよかったのか。必ずしも、人々が納得のいくような対応だったとは言えないと思います。結果として、抑え込むことで、秩序を維持しましたが、今後、中国が大国として世界に影響力を行使する国になるとしたら、力ずくで抑え込む方法はできるだけ避けるという思考を持ってほしい。そうでなければ、世界から尊敬される中国にはなれない。点数をつければ、70点でしょうか。
--日本では五輪後の中国経済崩壊論が盛んです。その背景には大国中国の登場に対する脅威という感情があると思うのですが、今後の中国経済の行方はどうみますか。
細川 中国の景気は07年4~6月期の12%超の実質GDP(国内総生産)成長率をピークに、実は五輪開催前から減速していました。五輪関連の投資が終わったことも影響がないとは言えませんが、一番大きな要因は中国政府が金融引き締め策をとってきたことです。03年から引き締め策を始めたものの、高成長とインフレが続いたため、昨年10月ごろからはさらに強化し、その効果が出てきたということです。加えて、昨年夏からのサブプライムローン問題で欧米の需要が減退しているのも響いています。しかし、1997年のアジア通貨危機の時、中国政府が内需拡大策に転換し、国債を発行して国内のインフラ建設投資で下支えしたように、海外経済がさらに減速する局面では、同じような政策をとることが考えられます。中国経済はすでに緩やかな減速の基調にあるものの、大きく減速することはないと思います。
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--2年後には上海万博と広州アジア競技大会が控えています。今後、中国は勝利の達成感を味わった五輪モードから、調和を図る万博モードに切り替えていかなければならないと思うのですが、うまく転換できるでしょうか。
天児 これだけ五輪で中華中心主義を強く打ち出しましたから、私は少し疑って見なければいけないと感じています。根本的な課題は、中国が抱えている痛み、例えば、環境汚染や格差の拡大といった問題について、リーダーたちがどこまで自らの痛みとして受け止められるかです。同時に、国際協調路線をとって初めて、問題解決の糸口がつかめるという認識をもてるか。胡錦濤国家主席が演説の中では「調和」という言葉をよく使いますが、本当にそう思っているのかは少し不安を感じながら見ています。
--中国は日本にとって最大の輸出先です。中国の景気が低迷を続ければ、日本の景気にも影響を与えると思われます。今後の日中関係はどうなるのでしょう。
細川 ここ数年、日本経済が回復してきた背景の半分ぐらいは、中国要因だと指摘されています。特に鉄鋼、機械、電機、自動車関連、化学などで、中国への依存度は非常に高い。中国経済は不安定だとか崩壊するとか簡単に口走りますが、実は私たちの毎日の生活なり、日本経済自体が、中国経済にかなりの部分を依存しています。中国の経済や社会が安定していくことが、日本にもプラスだということを、もっと認識した方がいいと思いますね。
天児 日中関係は今の首脳レベルでいえば、非常に良好です。国民レベルでも交流が増え、相互の理解も進んできました。しかし、同時に日本には中国脅威論があり、中国側にも日本はもう少し発言力が弱くなった方がいいという考えがある。不信感は根強い。今後、私たちが心がけなければならないのは、日中関係を緊密化し、協力的な関係を強めていくことです。同時に、どちらが上か下かということではない新しいフレームワーク(枠組み)をどう築くか、それがこれからの大事な課題になると思います。
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■人物略歴
◇あまこ・さとし
1947年生まれ。一橋大大学院修了。専門は現代中国論。著書に「中国・アジア・日本」など。
■人物略歴
◇ほそかわ・みほこ
1965年生まれ。慶応大法学部卒。専門は中国マクロ経済。05年4月から3年間、北京に滞在した。


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